旅猫リポート / 感想とおすすめ
吾輩は猫である、名前はまだない。とおっしゃった猫がいる
という猫自身の感想から始まるストーリー。
野良として育った猫が飼い猫として愛情を注がれながらも、事情により一緒に暮らすことが出来なくなり、猫を預かってくれる人を探して昔の友人を訪ねていくおはなしです。
ナナと名付けられたこの猫が語り部になっていて、猫目線で語られているところが面白くて、自身のことを類まれなる聡明な猫、と自称しているところが可愛いですね。
野良時代は飼い主となったサトルという青年の所有する車のボンネットでの日向ぼっこが大好きだったナナ。
たいていの人間は車の上でナナが昼寝をしていると、しっしっと言って追い払おうとするが、サトルはそんなことはせず、むしろ食べ物を貢いだりする人物でした。
そんな猫好きな人なので夜道で車に引かれ、骨が出てくるほどの大ケガを負った時に思い出し、助けを求めることが出来たんでしょうね。
助けを求められたサトルは「呼んでくれてありがとう」と病院に連れて治療を受けさせ、ノラ猫相手に治るまでは家に居るよう説得するほど献身的に世話を焼いてくれました。
そこから数か月で傷は癒え、抜糸も済んで飼われている必要がなくなった時、サトルはようやくナナにうちの猫にならないか?と聞きます。
それでも出ていかれたら素直にあきらめるつもりだったのでしょう。
サトルは素晴らしいほど全力で猫ファーストです。
ナナ自身、けがが治れば出ていかなければいけないと思っていたようで、サトルの申し出に不満を言いつつ喜んでいるようでした。
ただオス猫なので、ナナという女の子のような名前をつけられて怒ってはいました。
理由はナナのしっぽが鍵しっぽで、数字の7に見えるというしっかりした理由があったので、サトル本人は気に入っています。
5年後、サトルはどうしてもナナとお別れしなければいけない事情が出来、ナナを預かってくれる友人のもとを訪ねていきます。
ナナも、お別れしなければいけない事情は分かっているので何も言わず、よく日向ぼっこをしていた銀色のワゴン車に乗っていっしょに旅に出ました。
飼い猫ではなく相棒猫
類まれなる聡明さを持つナナはサトルが「どうしても」ダメというものには手を出しませんが、「どうしても」ではないものをきちんと見極め、いっさい我慢しません。
爪とぎをするときは、アパートの壁で研ぐのは「どうしても」ダメなので、「どうしても」ダメではない家具でしか研がないようにしてくれます。
そんな聡明な猫は狩りもお上手で、自由気ままに散歩に出かけ、スズメやネズミを見かけるとすぐに襲おうとします。
それが分かっているからか、散歩のときはたいてい付いていき、獲物を狙う瞬間、大きな物音を立てたりして邪魔をするサトル。
本能的に狩りをしたがるナナはいつも邪魔をするサトルにとても腹を立てています。
「どうしてもダメというものには手を出さない」とおっしゃる猫様ですが、狩りに対してはいっさい譲る気はない様子。
一方サトルも、どれだけ猫ファーストであっても近所迷惑になる狩りは絶対にさせないという姿勢。
気の置けない様子が仲の良さをうかがわせます。
二人で旅に出かけた時も、サトルがうながすと大人しくゲージに入るナナですが途中からサトルの知らない間にゲージのカギを開けて出てきます。
本当は最初から自由に出入りできたのですが、サトルを立てて出てこなかったんですね。
そして出てきたナナを叱りもせず助手席に座らせておくところにサトルとナナの距離の無さを感じられます。
向かう先は友人宅
どうしてもナナに安全に安心して暮らしてほしいサトルは小中高の親しい友人に声を掛け、ナナを預かってもらえないかを聞いてまわります。
ただナナを面倒見てもらうなら、猫好きの同僚でも良かったはずなのに、なぜわざわざ友人を訪ねてまで頼むようなことではないような気がしますが。
しかしそれがナナと暮らせなくなる事情に直結するなら別のお話です。
友人宅は東京で暮らしているサトルと違い、九州にいる友達もいて、預けるために車で出かけています。
数万の高速代と、猫も泊まれるホテル代は間違いなく飛行機代より高かったでしょう。
友人は事情があって預けることができないのですが、どうもナナを預けない理由が出来てほっとしている様子が感じ取れます。
あと、ストーリーがナナ目線で進行するのでよく分かりますが、どんなに猫好きの同僚に預けようとも、ナナが気に入らなければすぐに逃げ出して野良猫に戻るでしょうね。
サトルはナナのこの考えをはっきり分かっていると思います。
最後の旅は絆の確認
サトルと一緒に暮らすことが出来なくなってもナナは、失うものは無いと言い張り、サトルとの別れを「この名前とサトルとの5年間を得ただけ」と言ってのけます。
それは強がりではなく、本心なのでしょう。
サトルが手放した後すぐに預け先から逃げ出し、すぐにえさを貢ぐ人間を見つけ出して生活していましたしね。
もちろん野良に戻りたくて逃げ出したわけではなく、大切な用事があったから逃げ出したわけで、用事が済めばサトルの決めた家に帰っていきますが。
逃げ出したことも、帰ってきたことも、すべてサトルのための行動だったことが、ナナがどれほどサトルのことが好きだったかを表しています。
ナナは少しひねくれた部分があるので言葉には出しませんが、行動から真っ直ぐに気持ちが伝わってくるので感動してしまいます。
まとめ
ストーリーはナナ目線なのでサトルの考えは判りませんが、サトルはナナの面倒をお願いしに行ったのではなく、ナナを口実に友達に会いに行ったのではないでしょうか。
もちろん、愛しのナナのお披露目も含めて。
やっぱり大人になると、おいそれとは会えないものなんですね。
それは置いといて。
ナナとお別れしなくてはいけなくなったサトルの最初で最後の旅は、サトルの大切なものをナナに紹介してまわることが目的なのではないでしょうか。
ふたりで過ごした5年間がどんなものだったのかは想像するしかありませんが、幸せな日々だったのでしょうね。
烏に単は似合わない / 感想とおすすめ
烏に単は似合わない / 阿部千里
始祖である金烏を宿す宗家の若宮の后となるため、東西南北それぞれを治める領家からそれぞれの家の姫が登殿することになりました。
皇族たちの住まう桜花宮で若宮を待ち、妻にと選ばれた姫が入内して妻となります。
それぞれが四季を司る女神のごとく綺麗な姫たちは、妃になるべく集められた桜花宮でそれぞれの殿の管理を任され、そこで若宮の来訪を待つことになりました。
若宮から妃に選ばれるということは中央での立場も上がることを指しますから、姫たちの意思とは関係なく領家の思惑が事態を荒立てます。
若宮への恋心から入内を希望していた姫は言葉を失くし、政治絡みの成り行きに気付いていた姫は当然のことと笑うだけでした。
政治絡みの問題は当の姫たちを置いて、側付きや皇后、皇后付きの護衛まで「自らの意思」で事態をゆがませていくことになります。
季節の名が付いた殿
夫となる若宮の来訪を待つため、姫にはそれぞれ殿が与えられます。
「宮」ではなく「殿」なのは、彼女たちはまだ妃の候補であり皇族ではないためです。
宮とは神聖な方々が住む場所で、殿は高貴な方々の住む立派な屋敷をさすので、金烏の妻となり皇族に入って初めて桜花宮という皇族の住まう宮に入れるというわけですね。
もとはそれぞれの領の名前が付いていて、東殿、西殿、南殿、北殿と呼ばれていたのですが、いつからか東殿、秋殿、南殿、冬殿と呼ばれるようになりました。
これは何代も続いた歴代の妃候補の姫君が趣向に従って趣深く作られたことで季節そのものを映すような造りになったためです。
世継ぎの金烏を産めるのは宗家とその直系である四家の姫のみなので、皆が出自である自領を殿に映していったためです。
姫に与えられる呼び名
姫たちは全て仮名で呼ばれています。
真名は婚姻した夫にだけ教えるのが通常であるため、すべての姫は登殿のために相応しい呼び名を用意されているためです。
夏殿の姫の仮名は浜木綿(はまゆう)で、夏に咲く常緑多年草で、日差しが強い海岸に自生します。
秋殿の姫は真赭の薄(ますほのすすき)といい、赤みを帯びた芒(すすき)を表します。
また、真赭とは透明な深紅の鉱物を指し、紅色の髪をした彼女にはぴったりですね。
冬殿の姫は白珠(しらたま)といい、そのまま真珠を表す名前です。
北家では后となる姫を長年輩出しておらず、それが美姫でないことが原因とされていたため、雪の精のように美しく生まれた姫に入内の願いを込めて真珠の仮名を付けました。
東の姫はというと、もともと登殿予定はなかったため仮名が無く、登殿の挨拶の際に皇后である大紫の御前により馬酔木(あせび)という仮名が与えられました。
馬酔木とは毒を持つ可愛らしい花の名前ですが、「マヌケな馬ならお前の魅力に酔うだろう」という、若宮を馬にたとえ、侮辱を含めた意味でした。
誰が烏太夫か
烏太夫とは、貴族の娘を好きになった男が、娘が想い人から嫌われるよう、娘の姿に化けて悪さをするというお話です。
貴族ではない烏太夫は何をしても上手くやれず、必死に貴族を気取る姿が滑稽だとして人気があるようです。
皇后である大紫の御前が4人の中に烏太夫が混ざっていると指摘したことから誰が烏太夫かで揉めることになり、姫の女房達のののしり合いが始まります。
矢面に立たされたのは貴族の教育をいっさい受けておらず、異常なほど無知な馬酔木で、いたたまれずにその場を逃げ出すくらいでした。
その馬酔木の肩を持ったのが白珠で、彼女は矜持のいっさい持たない馬酔木にきつい言葉を浴びせることが多かったのですが、偽物と扱われることには思うところがある様子。
自分が入内するために各姫の弱みを握り、宿下がりをさせようと強請ることはありますが、嘲笑や貴族の思い上がりは嫌うよう。
弱みに付け込み脅迫する相手も、貴族的ではないふるまいから浜木綿の下卑たうわさを流す女房にきつい言葉を浴びせています。
来ない若宮
桜花宮に集まり、それぞれの殿にて若宮の来訪を待ちわびる姫に対し、若宮はまったく姿を現しません。
幼いころから若宮を慕う赤赭の薄は気丈に振舞っていて自分が妻となることに欠片ほどの疑問も持っていませんが、入内が目的である白珠はかなり疑心暗鬼にかられます。
上司の節句(上司の節句・雛祭りのこと)や端午の節句といった行事はおろか、若宮がいないと始まらない七夕まですっぽかされたときには心穏やかでいられなかったようです。
代わりに寄越された近習に食ってかかり、代わりに寄越された近習は、場所が男子禁制の桜花宮だったこともあり、斬首か拷問かの恐怖に怯えていました。
しかしそれでもいっさい姿を現さず、挨拶の手紙も詫び状も送らない始末。
不安と不満の色が濃くなる中で起こった女房の失踪により、さらに追い打ちをかけますが、それでも姿を現さない若宮。
それでも宿下がりを申し出ない姫たちが不憫になるくらい若宮は桜花宮を顧みません。
若宮は誰を選ぶのか
歴代の当主は妃選びの基準として、能力を求めたもの、美しさを求めたもの、誠実さを求めたもの、心の拠り処を求めた人もいたことでしょう。
若宮は妻となるべく姫に何を求めているのでしょうか
姫たちの領家は、商人の南、職人の西、武人の北、楽人の東と表されることが多いよう。
作中で浜木綿は言葉や行動で他を言いくるめるのが巧く、真赭の薄は姫だけでなく女房まで見惚れるほどに美しい着物を作り上げます。
白珠は武人を束ねる家のものとして伝手を使い、水面下で他家の姫を操ろうとしていました。
馬酔木は無知ではあるものの、周囲を絶句させられるほどの琴の名手です。
皆それぞれが違った美しさを備えていて、なおかつ能力も高い。
中々登場しない若宮殿下ですが、実は妃を選ばなければ族長とはなれず、妃は四領の血筋を受け継いだこの4人以外に選べません。
大うつけと呼ばれる若宮ですが、何を求めて誰を選ぶのでしょうか。
それとも選ばないために姿を現さないのでしょうか。
まとめ
烏に単は似合わないは、端的に説明すれば妃選びと政権争いを描いたどろどろした内容です。
が、四人の気質とやり取りが繊細で端正で洗練されて、綺麗な世界を演出させています。
熾烈でどろどろとした駆け引きは、姫たちの矜持によって美麗な世界観に変えられていますので、嫌がらせに気分が悪くなるどころか、必死さに心を打たれるくらいです。
本当に最後まで姿を現さない若宮は置いといて、ぜひ4人の姫のやり取りを堪能してほしいと思います。
そして最後にどの姫がどんなふうに選ばれるのか、楽しみにいておいてください。
戦闘城塞マスラヲ 聖魔杯とは?ヒキコモリのヒデオは戦えるの?
戦闘城塞マスラヲは角川スニーカー文庫より2006年から2009年に刊行された全5巻のライトノベルです。
就職できない、人付き合いが出来ないという理由で引きこもった青年が聖魔杯という怪しい大会に挑んでいく話。
神、妖怪、魔人、精霊、動物、武器、など意思のあるものと人間とがペアを組む、殺人は認めない、というルール以外に何もないバトルロワイヤルに巻き込まれながら成長していく姿を描いています。
とりあえず聖魔杯参加
資格が人間と自立した意思を持つ人間以外のペア、優勝賞品は聖魔王の称号という意味不明なもの。
大会の場所は奥多摩の山奥からつながる隔離空間都市で、生活はチケットと呼ばれる空間都市限定の通貨。
生活全体がこの都市で成り立つようにメシ屋、武器屋、服屋から郵便局や図書館、役所まで揃い、それらを作る工業施設もあれば自然区と呼ばれるたくさんの植物がなっているところもありました。
住む場所はアパートや戸建ての家で、参加者は家賃無料という特典付き。
何かを買うにはチケットが要りますが、それを手に入れるには魔物の湧き出る迷宮で魔物を倒して得られるので生活費はそこで賄うようになっています。
内容は何でもありのバトルロワイヤルで、ルールは戦う前に内容をジャッジマンに知らせることと殺人は無しということ。
本当に何でもありで、大会最初のゲームはコイントスでした。
毎日を命がけで戦っている人にとってはコイントスひとつ取ってもいろんな駆け引きがあるようで、普通なら「は?」と言われそうなゲームも立派な試合になります。
ほとんど純粋な切った張ったの戦いですが、勝ち負けが決まれば何でも良いようです。
会社対抗のマシンレースもありましたね。
バトル以外も何でもありで、普通に店を構えたり、チケットを借りて踏み倒そうとして過酷な仕事をさせられたりもあり。
素晴らしい技術を使ってアイドル服を作って感動を生み出したり、アイドル服を作ったことが上司にバレてお仕置きされたりという日常も聖魔杯の大会には込み込みです。
大会は優勝者が決まるまで続くとあり、公共機関もしっかり揃っているところからかなり長い年月をそこで暮らすことが最初から想定されていたのでしょう。
大会が終わっても、ずっと住む人が良そうな活気があります。
中村ヒデオ、初の就職
元はといえば目つきが極悪すぎて人付き合いが出来ず、受けた会社はすべて書類落ちというある意味かわいそうな社会不適合者の中村ヒデオ。
性格は真面目で頑張り屋なことは「34社も落ちた」という事実から見て取れると思います。
落ちまくっていることを親に伝えられないのは、安心させたい優しさか失望してほしくない弱さかはビミョウなところですね。
貯金も食料も尽き、無職がばれて実家からの仕送りも絶え、首を吊ろうかと考えたが怖気づいていて中断。
そんな状況でゴミ捨て場で拾ったPCのウイルスに感染されたところから事態は一変しました。
「神になります!」と叫ぶウィル子と名乗る女の子の姿をしたウイルスに連れられ、聖魔杯という聞いたこともないよく分からない大会に参加することになりました。
参加の決心はするものの、引きこもりのヒデオには人並みの体力すらなく、受付があるのは奥多摩のさらに山奥。
寒くて凍えそうになりながらも、電車賃が無くて帰れないという理由でもとりあえずは歩みを止めず、なんとか受付に到着するという前途多難ぶり。
途中、綺麗な夜空を見ながら「今なら…死ねる」などと清々しい気分に浸っていたこともありましたね。
しかしそのおかげで、気弱なはずのヒデオは受付で出会った婦警さんに言い返す程度、精神的に成長していました。
そして聖魔杯開始と同時に優勝候補を倒すという快挙。
さらに不意打ちに来た魔人をあっさり倒すという奇跡。
確かな実力者として周囲に認められることとなったヒデオ。
これを見逃す会社は聖魔杯協賛会社としてやっていけないでしょう。
紆余曲折はあったものの、聖魔杯を牛耳る組織に就職できました。
そしてこの後が波乱万丈でした。
スライムに負けて崖っぷち。からの起死回生
大会初日に実力者をふたりも倒して聖魔杯ランキング1位となったヒデオですが、実質相手の自滅であり、真に実力があるのかと言われれば全くありません。
優勝すると(ウィル子が)意気込んで来たはいいものの戦い方の一つも知らず。
さらに栄養失調など聖魔杯とかかわりのないところで緊急入院。
連れていかれた先は凄まじいぼったくり病院で、常軌を逸したの借金を背負うことになりました。
ゆっくり敵を待っている状況ではなくなった彼らは、この都市ならではの稼ぎ方である、迷宮での魔物討伐で稼ぐ決意をしました。
実力が無いことは分かっていましたが、低級な魔物なら武器さえあれば何とかなるし、レアアイテムが出れば一気にもうけも跳ね上がりますからね。
まさかダンジョンに入る前にやられるとは思ってもみなかったようです。
ダンジョンの受付嬢や、他のダンジョン探索者たちもぽかんとしていました。
なにせ大会ランキングは一位。
下っ端相手の勝利ではなく、優勝候補を倒しての一位です。
そのヒデオが、もっともポピュラーで、攻撃力のいっさい無さそうなスライムに吹っ飛ばされて気絶しました。
受付嬢の見ている前で。
探索者たちが噂する足元で。
ただスライムにぶつかっただけで。
ダンジョンに入ろうとするような者たちはどんなに弱くてもスライム程度、逆に跳ね返すでしょうに。
あたりにはどれほど白けた空気が流れていたでしょうね。
想像もつきません。
スライムに倒されたヒデオは再び最狂の医者のいるぼったくり病院に救急搬送。
絶体絶命です。
しかしそこからが真骨頂でした。
スライムの体当たりで死ぬ思いをしたことを「わざと」と言って切り抜けました。
どう見てもあっけなくやられての気絶でしたが、普段からそうやって敵の目を欺いてきた参加者たちには”自分たちですら見抜けないほどのテクニック”に見えたようです。
もちろん、聖魔杯参加者すら圧倒するような、アウターと呼ばれる規格外な魔人は嘘だとバレたようですが。
そこはむしろ感心されることになり、さらにはったりの効果を底上げする結果となりました。
ヒデオの武器が極悪な目つきに追加して冷静さと屁理屈が増えた瞬間ですね。
これはヒデオの就職先となった組織との紆余曲折でもあります。
ヒロインの暴走婦警と常時暴力少女
戦闘城塞マスラヲに登場するヒロインに萌え萌えしたキャラはいません。
幼稚園児くらいの愛らしい女の子ですら無表情に金属バットを振り回し、人体を”ケチャップ”まみれにします。
参加者で女性警察官の美奈子は真っ直ぐな正義感を持ち、悪をくじくために強さを身に着けた純粋な女性でした。
岡丸という名の、憑依武器である十手を持っていて、目つきの悪すぎるヒデオは見るなり「間違いなく極悪人」と決めつけて成敗しようとした短気警官でもあります。
気弱なヒデオはよく職務質問を受けていて、そのトラウマもあって引きこもりになっていたという経緯もあるので普段はおとなしく従っていたのでしょうが、この時は言い返したようです。
そんな美奈子と対局な鈴蘭。
自ら謎の美少女メイドと名乗り、マシンガンを装備した女の子。
どちらかと言えば可愛いですが、美少女だと認めないと暴れまくる凶悪少女で、ヒデオが入室すらできなかったダンジョンでは単独で最下層まで潜るような実力者です。
魔人ですが人の作りだした武器で大会の上位ランカーが挑むような魔物を倒す実力者で、上位ランカーが倒した魔物のアイテムをかっさらうような極悪少女でもあります。
戦闘城塞マスラヲで可愛い女の子はたくさん出てきますが、ラノベに君臨するような萌え女子は一切出てきません。
作者の林トモアキ先生のの趣味でしょうか。
まとめ
極悪目つきのせいで社会に適応できず、ヒキコモリになってしまった主人公ヒデオと、駆除される寸前だったウイルスのウィル子が挑んだ聖魔杯。
命をかけた戦いの場に赴いて、そこで成長していく姿を描いたストーリーですが、戦いに勝利して成長というより、そこで出来た仲間との生活を中心に書いている気がします。
聖魔杯の舞台となった空間都市は人間とそれ以外が共存できる世界を作りたかったんじゃないでしょうか?
冷めきった魔界の姫君エルシアがきゃるきゃるした存在に興味を持つように、作者も空間都市の存在意義に合わせてストーリーを作っている気がします。
もともとヒデオは戦闘力ゼロなので普通のバトルにならないのは当たり前ですよね。
なんですが、そんなヒデオに挑むキャラ、負けるキャラ、関心を持つキャラたちとヒデオとの関わり方が戦闘城塞マスラヲの見どころだと思います。
スレイヤーズ 大胆不敵!電光石火!勝利は私のためにある!
1990年に刊行され、1995年にアニメ化した大人気ライトノベル。
主人公リナ=インバースが旅の中で魔族という破滅を望む存在とかかわることになり、魔術を駆使して立ち向かうストーリーです。
女の子のひとり旅という物騒ではないか?という始まりですが、「手加減いっぱつ岩をも砕く」と表現されるほど強大な力が標準の地域生まれなせいか、苦労せず旅することになります。
懐が寂しくなれば近くの盗賊を討伐してため込んだお宝をぶんどり所属する魔導士協会で、護衛やブラスデーモンやレッサーデーモン、スライム、ゴブリンなどの討伐依頼をこなして生計を立てていました。
どんな相手にも全力で魔術をぶっぱなすため、ついたあだ名が「友達になりたくない魔導士ナンバーワン」とか「ドラゴンもまたいで通る」などのもの。
破壊神や極悪魔導士などという分かりやすいあだ名をつけないこともこのラノベの特徴ですね。
仲間からモブに至るまでの掛け合い参加も面白さを後押ししています。
ルビを付けたくなる読み
今でいうなら厨二病っぽいと言われるかもしれません。
黒魔術代表の竜破斬[ドラグ・スレイブ]や白魔術代表の崩霊裂[ラ・ティルト]、精霊魔術では地撃衝撃[ダグ・ハウト]が攻撃系魔術としてよく使われます。
魔術すべてにこういったルビが付いていて、響きがカッコいいという、小中学生男子が目を輝かせそうな名前です。
もちろん術名だけでなく、武器もそう。
主人公の旅の仲間、ガウリーが持っている通称「光の剣」ですが、光を収束させて魔族を切るので「光の剣」と呼ばれているだけで正式名称[裂光の剣(ゴルンノヴァ)]といいます。
先祖代々の家宝で出所は不明。
第1部終了時に魔王の一人(?)、闇を撒くもの(ダークスター)の武器だと判明し、闇を撒くもの(ダークスター)のもとに変換されたときにようやく正式名が知られることとなりました。
第2部では妖斬剣[ブラスト・ソード]が出てきますね。
スレイヤーズの「魔族」の定義
スレイヤーズでは敵として魔族と名乗るものが出てきます。
特に人型を取れる魔族を純魔族と呼ぶそう。
もともと負の感情が元で出来上がった思念体のようなものですね。
精神世界でのみ存在しているのですが、精神世界で大きな力を持っていると、現実世界での具現化が容易くなるというもの。
憎悪が濃いほど強い個体が出来上がり、強い個体ほど整った容姿をしているのは人間にそう言う望みが強いからだそうです。
黒魔術も精神世界に干渉して現実世界で力を具現化させるものなので、魔族は精神世界で自我が出来て、自分から現実世界に干渉しに行っている存在となります。
ちなみにレッサーデーモンやブラスデーモンなどは同じ精神世界に存在していますが魔族と呼ばないよう。
彼らは現実世界で実態を保てないので自我の弱い生き物に憑依して存在している、ということでそんな雑魚に魔族を名乗る資格はないということでしょう。
魔術の流通する世界
スレイヤーズの世界では黒魔術、白魔術、精霊魔術があります。
カオスワーズを分析し、理解することで使える魔術のことで、スレイヤーズ界の一般にまで認知されています。
黒魔術は「世界」を統べる魔王の力を借りた攻撃魔術と人を呪うための魔術。
魔の力を借りるということで、負の側面が多大きく、主に破壊系の魔術となります。
白魔術の破邪を目的とした浄化の魔術。
そのためルーンブレイカー破法封呪という黒魔術の効果を弱める結界を張ったり、治癒系の術も白魔術に分類されます。
あとは精霊魔術ですが、こちらは地、水、火、風の四大元素を使った術と精神経を操る魔術ですね。
攻撃系に使われている地撃衝撃(ダグ・ハウト)は大地を振動させ、無数の錐として隆起させます。
何のために生み出されたのか地精道(ベフィス・ブソング)は地面に真っ直ぐな穴をあけるものもあります。
他にも浮遊(レビテーション)という風を利用して空を飛ぶ術など、使い方によっては生活を便利で豊かにしてくれそうな魔術ですね。
天才美少女魔導士リナ=インバース
主人公の自称天才魔導士にして剣士でもある美少女のリナ=インバース。
姉の「世界を見てこい」という一言から故郷であるゼフィーリアを離れ一人旅をすることになりました。
華奢で小柄で丸くて大きな瞳が特徴の15歳の美少女。
庇護欲をそそりそうな外見とは裏腹に、派手な攻撃力を持った黒魔術を使うのが大好きな危険人物です。
その上大食らいで、がめついという・・・あだ名どおり、友達になりたくない魔導士ですね。
町から町への旅をしているため、評判などは知らず目についた店に入るのですが、たまたま血の気の多い連中が集まる店だった場合、十中八九もめ事を起こします。
もめ事というか、喧嘩があれば巻き込まれに行って大事にし、コナをかけてくる男に拳で答えるというのが正しいでしょうか。
「スレイヤーズ!」1巻ではメシ屋で敵に声をかけられ、連れてきた獣人などを倒すために食事中の客の前でスプラッターにするなど配慮という言葉は知らないよう。
こんな主人公ですが故郷に帰れば商人である両親の手伝いをするし、自分より圧倒的に強い姉には完全におびえているまっとうな女の子です。
お気に入りの爆破場所は盗賊のアジト
困っている村の人の依頼で行う盗賊いびり討伐ですが、これは実は実益を兼ねたリナの趣味。
「悪人に人権は無い」という理念をもとに悪人が行ってきた悪行をそのまま返すという内容なので良いのか悪いのか、判断が微妙なところですね。
派手な攻撃呪文をぶっぱなし、パニックになっているうちにため込んだお宝を品定めして持ち帰り、アジトにとどめの攻撃魔法をお見舞いして壊滅させる。
という計画的かつ巧妙な手口を使っています。
しかし被害にあった町や村の人たちからは泣いて喜ばれる行動ですし、たぶん善行でしょう。
ちょっと報酬を二重取りしているだけで。
懐が温まり、かつ困っている人が喜び、かつ自分の憂さ晴らしにもなる一石三鳥の大のお気に入りの仕事です。
盗賊から奪ったお宝を売って稼いだお金は魔術の実験材料になって世の役に立ち、リナの食費になることで飯屋にも貢献と良いことずくめだそう。
ガウリー=ガブリエフ
盗賊討伐で欲をかいたため運悪く盗賊の残党に見つかり、追い掛け回されていた時、助けに入ってくれた金髪碧眼の好青年。
リナを事情があって故郷を追い出された可哀そうな少女だと勘違いし、近くの町まで護衛を買って出ることにした「いいひと」でもあります。
剣の腕は超一流で、剣士を名乗るリナから見ても絶賛の腕前らしい。
最初のキャラ設定では魔術の説明をするために「魔術にはうといひと」という設定。だったのですが、作者の興が乗ったのかだんだん「記憶がうといひと」に変わり、最終的には考えないひとになってしまいました。
最初は黒魔術、白魔術の説明のやり取りのための「うといひと」でしたが、次第に怪しいかどうかの判断ができないと胸を張ったり、竜族をでっかいトカゲと説明して族長を怒らせたり、ストーリーの潤滑剤となっていますね。
毎回リナがガウリーを紹介するのに、「脳みそクラゲ」だとか、「頭の中にはふやけたパスタが詰まっている」だとかユニークな表現を使ってくれます。
旅の途中で出会う敵
盗賊とのいざこざから知り合ったリナとガウリーですが、知らない間に魔族に認知され、知らない間に事件に首を突っ込むことになっていました。
魔族とは以前も戦っていたリナですが、今までに通用していた呪文が全く通じない魔族がいることに驚きを隠せません。
彼らは破滅を望む存在なので、ただの人間である自分が狙われる理由も分かりませんでした。
実は彼らの王を倒したことが原因ですが、魔族に仇を討とうなどという意思は無く、ただリナが知っていた禁忌の呪文が目的だったのです。
そのため回りくどくリナを程よく追い詰められる敵を送り込んだんですが、破滅のみを望む魔族に手加減など分かるわけもなく。
かといって間違って殺すわけにいかないので、失敗ばかりだったようですが。
魔族は高位になるほど頭も良くなるので、リナたち一行はじんわり罠にかかっていくことになります。
まとめ
ノリと勢いと笑いとファンタジーを絶妙に混ぜたスレイヤーズは、傍若無人な主人公が大暴れするストーリーで、筆者はバトルコメディだと思っていました。
単行本の説明でヒロイック・サーガだと書いてあるのを見て「?」と思ったくらいです(笑)
リナやガウリー、他にも仲間になっていくキャラたちは全員お茶目でオーバーリアクションです。
毎回すごくくだらないことで揉めたり、敵の倒し方がアホっぽかったりするのでそっちの方がメインぽいのは仕方がないのではないでしょうか。
普段は真面目そうなキャラの冗談に盛大なリアクションを見せるリナたちを見るとやっぱりお笑い系だなと思ってしまいます。
それでも考えてみれば魔族を倒し、魔王を消滅させるスレイヤーズはたしかにヒロイック・サーガでしたね。
連載からもう30年になるとは。月日が経つのは早いですね。