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烏に単は似合わない / 感想とおすすめ

烏に単は似合わない / 阿部千里

2012年に文藝春秋より刊行。松本清張賞を最年少で受賞

 

始祖である金烏を宿す宗家の若宮の后となるため、東西南北それぞれを治める領家からそれぞれの家の姫が登殿することになりました。

皇族たちの住まう桜花宮で若宮を待ち、妻にと選ばれた姫が入内して妻となります。

それぞれが四季を司る女神のごとく綺麗な姫たちは、妃になるべく集められた桜花宮でそれぞれの殿の管理を任され、そこで若宮の来訪を待つことになりました。

若宮から妃に選ばれるということは中央での立場も上がることを指しますから、姫たちの意思とは関係なく領家の思惑が事態を荒立てます。

若宮への恋心から入内を希望していた姫は言葉を失くし、政治絡みの成り行きに気付いていた姫は当然のことと笑うだけでした。

政治絡みの問題は当の姫たちを置いて、側付きや皇后、皇后付きの護衛まで「自らの意思」で事態をゆがませていくことになります。

 

季節の名が付いた殿

夫となる若宮の来訪を待つため、姫にはそれぞれ殿が与えられます。

「宮」ではなく「殿」なのは、彼女たちはまだ妃の候補であり皇族ではないためです。

宮とは神聖な方々が住む場所で、殿は高貴な方々の住む立派な屋敷をさすので、金烏の妻となり皇族に入って初めて桜花宮という皇族の住まう宮に入れるというわけですね。

もとはそれぞれの領の名前が付いていて、東殿、西殿、南殿、北殿と呼ばれていたのですが、いつからか東殿、秋殿、南殿、冬殿と呼ばれるようになりました。

これは何代も続いた歴代の妃候補の姫君が趣向に従って趣深く作られたことで季節そのものを映すような造りになったためです。

世継ぎの金烏を産めるのは宗家とその直系である四家の姫のみなので、皆が出自である自領を殿に映していったためです。

 

姫に与えられる呼び名

姫たちは全て仮名で呼ばれています。

真名は婚姻した夫にだけ教えるのが通常であるため、すべての姫は登殿のために相応しい呼び名を用意されているためです。

夏殿の姫の仮名は浜木綿(はまゆう)で、夏に咲く常緑多年草で、日差しが強い海岸に自生します。

秋殿の姫は真赭の薄(ますほのすすき)といい、赤みを帯びた芒(すすき)を表します。

また、真赭とは透明な深紅の鉱物を指し、紅色の髪をした彼女にはぴったりですね。

冬殿の姫は白珠(しらたま)といい、そのまま真珠を表す名前です。

北家では后となる姫を長年輩出しておらず、それが美姫でないことが原因とされていたため、雪の精のように美しく生まれた姫に入内の願いを込めて真珠の仮名を付けました。

東の姫はというと、もともと登殿予定はなかったため仮名が無く、登殿の挨拶の際に皇后である大紫の御前により馬酔木(あせび)という仮名が与えられました。

馬酔木とは毒を持つ可愛らしい花の名前ですが、「マヌケな馬ならお前の魅力に酔うだろう」という、若宮を馬にたとえ、侮辱を含めた意味でした。

 

 

誰が烏太夫

太夫とは、貴族の娘を好きになった男が、娘が想い人から嫌われるよう、娘の姿に化けて悪さをするというお話です。

貴族ではない烏太夫は何をしても上手くやれず、必死に貴族を気取る姿が滑稽だとして人気があるようです。

皇后である大紫の御前が4人の中に烏太夫が混ざっていると指摘したことから誰が烏太夫かで揉めることになり、姫の女房達のののしり合いが始まります。

矢面に立たされたのは貴族の教育をいっさい受けておらず、異常なほど無知な馬酔木で、いたたまれずにその場を逃げ出すくらいでした。

その馬酔木の肩を持ったのが白珠で、彼女は矜持のいっさい持たない馬酔木にきつい言葉を浴びせることが多かったのですが、偽物と扱われることには思うところがある様子。

自分が入内するために各姫の弱みを握り、宿下がりをさせようと強請ることはありますが、嘲笑や貴族の思い上がりは嫌うよう。

弱みに付け込み脅迫する相手も、貴族的ではないふるまいから浜木綿の下卑たうわさを流す女房にきつい言葉を浴びせています。

 

 

来ない若宮

桜花宮に集まり、それぞれの殿にて若宮の来訪を待ちわびる姫に対し、若宮はまったく姿を現しません。

幼いころから若宮を慕う赤赭の薄は気丈に振舞っていて自分が妻となることに欠片ほどの疑問も持っていませんが、入内が目的である白珠はかなり疑心暗鬼にかられます。

上司の節句(上司の節句・雛祭りのこと)や端午の節句といった行事はおろか、若宮がいないと始まらない七夕まですっぽかされたときには心穏やかでいられなかったようです。

代わりに寄越された近習に食ってかかり、代わりに寄越された近習は、場所が男子禁制の桜花宮だったこともあり、斬首か拷問かの恐怖に怯えていました。

しかしそれでもいっさい姿を現さず、挨拶の手紙も詫び状も送らない始末。

不安と不満の色が濃くなる中で起こった女房の失踪により、さらに追い打ちをかけますが、それでも姿を現さない若宮。

それでも宿下がりを申し出ない姫たちが不憫になるくらい若宮は桜花宮を顧みません。

 

若宮は誰を選ぶのか

歴代の当主は妃選びの基準として、能力を求めたもの、美しさを求めたもの、誠実さを求めたもの、心の拠り処を求めた人もいたことでしょう。

若宮は妻となるべく姫に何を求めているのでしょうか

姫たちの領家は、商人の南、職人の西、武人の北、楽人の東と表されることが多いよう。

作中で浜木綿は言葉や行動で他を言いくるめるのが巧く、真赭の薄は姫だけでなく女房まで見惚れるほどに美しい着物を作り上げます。

白珠は武人を束ねる家のものとして伝手を使い、水面下で他家の姫を操ろうとしていました。

馬酔木は無知ではあるものの、周囲を絶句させられるほどの琴の名手です。

皆それぞれが違った美しさを備えていて、なおかつ能力も高い。

中々登場しない若宮殿下ですが、実は妃を選ばなければ族長とはなれず、妃は四領の血筋を受け継いだこの4人以外に選べません。

大うつけと呼ばれる若宮ですが、何を求めて誰を選ぶのでしょうか。

それとも選ばないために姿を現さないのでしょうか。

 

 

まとめ

烏に単は似合わないは、端的に説明すれば妃選びと政権争いを描いたどろどろした内容です。

が、四人の気質とやり取りが繊細で端正で洗練されて、綺麗な世界を演出させています。

熾烈でどろどろとした駆け引きは、姫たちの矜持によって美麗な世界観に変えられていますので、嫌がらせに気分が悪くなるどころか、必死さに心を打たれるくらいです。

本当に最後まで姿を現さない若宮は置いといて、ぜひ4人の姫のやり取りを堪能してほしいと思います。

そして最後にどの姫がどんなふうに選ばれるのか、楽しみにいておいてください。